塵も積もれば大和成る

色々と喋ります。書いてる内容がフラッフラですがお許しを

「月がきれい」を見た話(ネタバレなし)

 「月がきれい」というフレーズを耳にした際、「あぁ、夏目漱石の」となる人間は存外多いのではないだろうか。僕もつい昨日まではそうだった。

 

なぜ突然こんな話をしているのかと言えば、アニメ作品「月がきれい」を見て、尚且つ今そのことしか頭に浮かばないほどに思考を占有されているためである。

「BD-BOXを買ったんだ。すごく面白いからぼーあも見よう」と言われて先輩にのこのこと付いていった時の僕も、まさか視聴後24時間以内に劇中曲、BDBOX共に購入をしてしまうとは思っていなかった。

それほどまでに「月がきれい」という作品は非常に魅力的であり、様々なことを考えさせられるものであった。

まだこの素晴らしい作品を見ていない人に一刻も早くこの気持ちを伝えなければ、という思いで筆を執った(?)次第である。

 「月がきれい」への愛があふれるあまり思っていた以上に長文になってしまったが、読んで頂けたなら幸いである。

 

本記事は「月がきれい」の布教(?)を目的としたものであるため、以下にネタバレを避けて本作品の魅力を取り上げていく。もしこれがまだ視聴を迷っている方の一助となったなら、感謝の念に堪えない。

 

公式HP→

tsukigakirei.jp

 

 

まず簡単なあらすじ。

中学三年生の4~3月にかけて主人公(安曇小太郎くん)とヒロイン(水野茜ちゃん)が互いにいろいろな出来事と向き合いつつ、何かが変わっていく…というまぁよくある恋愛ものである。1クール12話構成という事で比較的見やすいボリュームであると言えよう。

 

1.人間関係
まずこれを抜きにしては語れないだろう。ことさら恋愛作品に関してはそうだ。

僕自身創作を(趣味とはいえ)行う身として感じるが、ストーリーというものは多くが「不和」を「円満」にしていくものである。不安定なエネルギー状態を安定な状態、すなわち平衡状態へと導く中でドラマが生まれてゆくのであるが、恋愛作品の場合これは簡単に言ってしまえば「恋人関係を結んでいない二人」が「恋人関係を結ぶ、ないし、恋愛を通して人間関係に何かしらの変化が起こる」ということになる。

 

この最初の不安定な状態(のエネルギーギャップ)をどうするのかと言えば、本作の場合これが「所属集団の違い」となるのだ。

この「所属集団の違い」は様々な場面で登場し、まず小太郎くんが「幽霊部員だらけの文芸部」に所属している一方で茜ちゃんは「比較的全員やる気に満ち溢れている陸上部」に所属している。

また家庭環境も、小太郎くんの家庭は良くも悪くも地域性に強く根差しており「比較的コンサバティブな家庭」であるのに対して、茜ちゃんの家庭は父親が転勤族であったりもすることから「比較的プログレッシブな家庭」である。

そして何より「中学三年生、思春期における男女の違い」は大きい所属集団の違いとして立ちはだかるであろう。

その他にもさまざまな「所属の違い」がこの作品では描かれるのである(核心に触れるものも中にはある)。

互いの違いを認知し、受容していくのが恋愛の本質の内の一つなのではないかと僕は思うが、そういった意味で「月がきれい」は非常に恋愛作品映えする人間関係を描いていると思うのだ。

 

2.演出の巧みさ

特に’’引き’’がうまい。毎話視聴するたびに僕はそう思っていた。

作品というものはやはり続きが気になるように作らなければならないというのはある種当然なのであるが、「月がきれい」はストーリー全体としても、単話としても、

「何かが起こる→不和(エネルギーギャップ)が生じる→それに対してキャラクターがしっかりとリアクションを起こし、解決ないし何かしらの転換が行われる」

といったサイクルを丁寧に、本当に丁寧に行っていた。

ストーリーと演出が密接に絡んでおり、見ていて全く、それこそ一瞬たりとも飽きが来ないのだ。

もちろんストーリーも非常に完成されており、素晴らしい(ネタバレ回避のため多くは語れないが…)のであるが、演出がその魅力を100%引き出すことによって、僕や他の「月がきれい」ファンはそれにのめり込んでいったのだと思う。

カメラアングル、効果音、BGM、何をとってもキャラの心情や状況描写を的確にこちらへと届けるものになっており、その巧みさを是非まだ見ていない方々には味わってもらいたいと切に思う。

 

そして何より、その中でも「月がきれい」を代表する固有の演出、それが以下に述べる「劇中歌」と「EDについて」だ。


3.劇中歌

アニメーション作品というのは漫画や絵と違い、「音」による演出ができる。それはBGMであったりSE、演者のセリフなどであるのだが、「月がきれい」では、それに加えて「歌」が用いられていた。

ほとんど毎話、ストーリーの重要な場面に挿入されるもの(全てOP、ED曲と同様に東山奈央さんが歌っている)であるのだが、これがまぁなんとも効果的なのである。

どれも有名な恋愛ソングのカバーなのだが、カバー元の曲に詳しければそれがいかにシーンにぴったりの挿入歌だという事がわかるであろう。ただでさえ強く震わされた心を更につかんで離さないのだ。

僕は見ている間何度も息を詰まらせたし、何度も目頭が熱くなった。少なくともここしばらく、こんなに強く感情を動かされる作品に出会ってはいなかったし、「劇中歌」という要素がそういった作用に強く貢献しているのは間違いない。


4.EDについて

これが正直一番重要な要素だと言っても過言ではないかもしれない。

あなたはアニメ作品を見る時、普段そのOPやEDを飛ばしているだろうか?

もしそうであるならば、本作では絶対にそれをやってはいけない。

何故ならそのOPとED、特にEDは本作のストーリーを構成する非常に重要な要素になっているからだ。

 

その理由が分かるのは物語を最後まで見た時であり、ここで詳細に述べることは不可能であるが、それを知った時きっと大きなカタルシスを得ることが出来るであろう。そう僕は思う。

 

  • 最後に

今年一年、様々な作品に触れて様々な思いを張り巡らせて生きてきたが、その中でも特に「人と人との関係」について強く考えさせられた。

今年触れたもので鮮明に印象に残っているのが

である。いずれの作品も「人間関係」や「相互理解」、多くは「恋愛」「思春期」を強くテーマとして取り扱った作品であり、特にガンダム惡の華アマガミには強く人生観を揺さぶられすらした。

本記事で述べた「月がきれい」も例にもれず、人とは何なのか、相互理解とは何なのかと言ったことを強く考えさせられ、そしてそれに対して一つの解を提示してくれる作品であった。

この作品に出会えて本当に幸せだと思っている。 

 

最後になったが、「月がきれい」を企画、制作した全てのスタッフの方々、そしてそれを知り、視聴するきっかけを与えてくれた先輩に対しての感謝の念に堪えない。