塵も積もれば大和成る

色々と喋ります。

ロクデナシ

ザ・ブルーハーツを久々に聴いた。

ウォークマンにそれこそ何人もアーティストがいて、その日の気分で聴きたいものを聴くとなると、ある程度長い間この曲聴いてなかった…ということがあるわけだが、今回ブルーハーツがそうだった。

ブルーハーツと言えば、恐らく知らない人はほとんどいないのでは無いだろうかと思う。名を聞いたことが無くとも、「リンダリンダ」や「情熱の薔薇」「人に優しく」「TRAIN- TRAIN」「1000のバイオリン」くらいのフレーズはきっとどこかで耳にしている。
事実ブルーハーツを知らない友人にも、「ヒマラヤほど〜の〜」「真っ赤なバ〜ラを〜」と言えば、「あっ、あれかぁ!」という反応が返ってくることが殆どだ。

僕が一番初めにハマったアーティストというのが彼らだ。小学五年生の夏、生まれて初めてCDを買ったのも、一日中聴いていたのも、鮮明に覚えている。
テーマも、叫びも、メロディーラインも、何もかもがスッと入り込んで来て一気に虜になった。それこそ小学生当時の僕は、ある種学校という環境に対してずっと嫌気を抱え込んでいたため、そういうのも手伝って好きになったのかもしれない。



で、当時の僕が一番何に夢中になったかと言えば、「ロクデナシ」だったのである。

以下は一番〜サビの歌詞。気になった方は是非原曲を聴いて欲しいと思う。

役立たずと罵られて 最低と人に言われて
要領よく返事できず 愛想笑いも作れない

死んじまえと罵られて このバカと人に言われて
うまい具合に世の中と やって行くことも出来ない

全てのボクのようなロクデナシのために
この星はグルグルと回る
劣等生でじゅうぶんだ はみだし者で構わない

僕自身この頃ずっとあらゆる面で自身に辟易していたし、屈託に沈んでいた。
それがどうしたことか、久しぶりに「ロクデナシ」を聴いて、あの当時、初めてブルーハーツの曲に巡り会えた瞬間の高揚感と開放感。
それをまた今日の日に味わえるとは。

今この記事もブルーハーツを聴きながら書いていて、あの時の新鮮さを感じている。
ブルーハーツの歌は、優しくて強い。
今までもこれからも好きでい続けるだろうし、僕らの味方なんだと、そう思う。



ダラダラな文章になってしまった。
結局何が言いたかったかと言えば、「ブルーハーツ聴いてくれ」って事である。

衝動

B'zの曲のことではない。

前回、「月がきれい」についての感想というか考察というかを述べて文にした。
その行動の裏には、まぁ文章として自分の心境を整理すれば多少は落ち着くだろうという心理があったのであるが、これがどうしてなかなか落ち着かない。

ぼーっとしてると「月がきれい」の各シーンが頭に浮かんできてソワソワしてしまうのだ。まるで何も手につかない。実際今も、落ち着かないが故にこうして文章を打っている。でないと頭の中のダムが決壊してしまいそうになる。


月がきれい」を見てから、また人間というか人について色々と考えるようになった。
自分でも驚くような変化、と言うわけでは無いが、少し衝撃的だったのは、学友とすらすらと話せるようになった事だろう。
僕は己のことを人間関係が割と下手なヤツだと思っているのだが、それにしてもその自分が人にそこそこ心を開いて素直に話せるのには少し驚いた。なんというか、人に心を開けば相手も心を開いてくれるんだなというのを再確認した。
それほどまでに「月がきれい」が現在の僕に与えている影響は大きいように思う。


おそらく明日には頼んだBDBOXが届くだろう。しばらくこのソワソワ感とは付き合っていかねばならないのだなぁと思う。
それもまた良し、なのであろうか。

「月がきれい」を見た話(ネタバレなし)

 「月がきれい」というフレーズを耳にした際、「あぁ、夏目漱石の」となる人間は存外多いのではないだろうか。僕もつい昨日まではそうだった。

 

なぜ突然こんな話をしているのかと言えば、アニメ作品「月がきれい」を見て、尚且つ今そのことしか頭に浮かばないほどに思考を占有されているためである。

「BD-BOXを買ったんだ。すごく面白いからぼーあも見よう」と言われて先輩にのこのこと付いていった時の僕も、まさか視聴後24時間以内に劇中曲、BDBOX共に購入をしてしまうとは思っていなかった。

それほどまでに「月がきれい」という作品は非常に魅力的であり、様々なことを考えさせられるものであった。

まだこの素晴らしい作品を見ていない人に一刻も早くこの気持ちを伝えなければ、という思いで筆を執った(?)次第である。

 「月がきれい」への愛があふれるあまり思っていた以上に長文になってしまったが、読んで頂けたなら幸いである。

 

本記事は「月がきれい」の布教(?)を目的としたものであるため、以下にネタバレを避けて本作品の魅力を取り上げていく。もしこれがまだ視聴を迷っている方の一助となったなら、感謝の念に堪えない。

 

公式HP→

tsukigakirei.jp

 

 

まず簡単なあらすじ。

中学三年生の4~3月にかけて主人公(安曇小太郎くん)とヒロイン(水野茜ちゃん)が互いにいろいろな出来事と向き合いつつ、何かが変わっていく…というまぁよくある恋愛ものである。1クール12話構成という事で比較的見やすいボリュームであると言えよう。

 

1.人間関係
まずこれを抜きにしては語れないだろう。ことさら恋愛作品に関してはそうだ。

僕自身創作を(趣味とはいえ)行う身として感じるが、ストーリーというものは多くが「不和」を「円満」にしていくものである。不安定なエネルギー状態を安定な状態、すなわち平衡状態へと導く中でドラマが生まれてゆくのであるが、恋愛作品の場合これは簡単に言ってしまえば「恋人関係を結んでいない二人」が「恋人関係を結ぶ、ないし、恋愛を通して人間関係に何かしらの変化が起こる」ということになる。

 

この最初の不安定な状態(のエネルギーギャップ)をどうするのかと言えば、本作の場合これが「所属集団の違い」となるのだ。

この「所属集団の違い」は様々な場面で登場し、まず小太郎くんが「幽霊部員だらけの文芸部」に所属している一方で茜ちゃんは「比較的全員やる気に満ち溢れている陸上部」に所属している。

また家庭環境も、小太郎くんの家庭は良くも悪くも地域性に強く根差しており「比較的コンサバティブな家庭」であるのに対して、茜ちゃんの家庭は父親が転勤族であったりもすることから「比較的プログレッシブな家庭」である。

そして何より「中学三年生、思春期における男女の違い」は大きい所属集団の違いとして立ちはだかるであろう。

その他にもさまざまな「所属の違い」がこの作品では描かれるのである(核心に触れるものも中にはある)。

互いの違いを認知し、受容していくのが恋愛の本質の内の一つなのではないかと僕は思うが、そういった意味で「月がきれい」は非常に恋愛作品映えする人間関係を描いていると思うのだ。

 

2.演出の巧みさ

特に’’引き’’がうまい。毎話視聴するたびに僕はそう思っていた。

作品というものはやはり続きが気になるように作らなければならないというのはある種当然なのであるが、「月がきれい」はストーリー全体としても、単話としても、

「何かが起こる→不和(エネルギーギャップ)が生じる→それに対してキャラクターがしっかりとリアクションを起こし、解決ないし何かしらの転換が行われる」

といったサイクルを丁寧に、本当に丁寧に行っていた。

ストーリーと演出が密接に絡んでおり、見ていて全く、それこそ一瞬たりとも飽きが来ないのだ。

もちろんストーリーも非常に完成されており、素晴らしい(ネタバレ回避のため多くは語れないが…)のであるが、演出がその魅力を100%引き出すことによって、僕や他の「月がきれい」ファンはそれにのめり込んでいったのだと思う。

カメラアングル、効果音、BGM、何をとってもキャラの心情や状況描写を的確にこちらへと届けるものになっており、その巧みさを是非まだ見ていない方々には味わってもらいたいと切に思う。

 

そして何より、その中でも「月がきれい」を代表する固有の演出、それが以下に述べる「劇中歌」と「EDについて」だ。


3.劇中歌

アニメーション作品というのは漫画や絵と違い、「音」による演出ができる。それはBGMであったりSE、演者のセリフなどであるのだが、「月がきれい」では、それに加えて「歌」が用いられていた。

ほとんど毎話、ストーリーの重要な場面に挿入されるもの(全てOP、ED曲と同様に東山奈央さんが歌っている)であるのだが、これがまぁなんとも効果的なのである。

どれも有名な恋愛ソングのカバーなのだが、カバー元の曲に詳しければそれがいかにシーンにぴったりの挿入歌だという事がわかるであろう。ただでさえ強く震わされた心を更につかんで離さないのだ。

僕は見ている間何度も息を詰まらせたし、何度も目頭が熱くなった。少なくともここしばらく、こんなに強く感情を動かされる作品に出会ってはいなかったし、「劇中歌」という要素がそういった作用に強く貢献しているのは間違いない。


4.EDについて

これが正直一番重要な要素だと言っても過言ではないかもしれない。

あなたはアニメ作品を見る時、普段そのOPやEDを飛ばしているだろうか?

もしそうであるならば、本作では絶対にそれをやってはいけない。

何故ならそのOPとED、特にEDは本作のストーリーを構成する非常に重要な要素になっているからだ。

 

その理由が分かるのは物語を最後まで見た時であり、ここで詳細に述べることは不可能であるが、それを知った時きっと大きなカタルシスを得ることが出来るであろう。そう僕は思う。

 

  • 最後に

今年一年、様々な作品に触れて様々な思いを張り巡らせて生きてきたが、その中でも特に「人と人との関係」について強く考えさせられた。

今年触れたもので鮮明に印象に残っているのが

である。いずれの作品も「人間関係」や「相互理解」、多くは「恋愛」「思春期」を強くテーマとして取り扱った作品であり、特にガンダム惡の華アマガミには強く人生観を揺さぶられすらした。

本記事で述べた「月がきれい」も例にもれず、人とは何なのか、相互理解とは何なのかと言ったことを強く考えさせられ、そしてそれに対して一つの解を提示してくれる作品であった。

この作品に出会えて本当に幸せだと思っている。 

 

最後になったが、「月がきれい」を企画、制作した全てのスタッフの方々、そしてそれを知り、視聴するきっかけを与えてくれた先輩に対しての感謝の念に堪えない。

 

クシャトリヤ製作記(1)

今回はこちら、「HGUC クシャトリヤ」を製作していきたいと思います。

 

HGUC 1/144 NZ-666 クシャトリヤ (機動戦士ガンダムUC)

HGUC 1/144 NZ-666 クシャトリヤ (機動戦士ガンダムUC)

 

 素組み自体は半年ほど前(?)に終わってまして、今回はこれをようやく完成(と自分で呼べる代物)にまでもっていきたいと思います。

 

素組みの写真がなくて(撮ってなかった)申し訳ないんですが、もう、これがデカイことデカイこと。MGかよ…

色分け自体は非常に良くて、部分塗装派の僕からしたらとても楽だな、と言う感じです。ただまぁ表面積がデカイので表面処理がね…と言う感じ。

 

まず、足部分(以下写真の画質が悪くて申し訳ないです💦)

目立った合わせ目も無いため、表面処理を施したのちにさっさと接着しちゃいました。

f:id:bohr_monopole:20171005124634j:image

 

肩関節部分。

目で見てわかる程度にヒケが目立ちましたので、これをある程度納得する部分まで消して、これも接着。

f:id:bohr_monopole:20171005124643j:image

で、さらにパーツを接着しました(緑のやつです)。こちら大きく合わせ目が出るためスチロール系接着剤でそれを消します。

一緒にある黒いパーツは脚のスネ部分のフレーム。

全部組んだ時、一部見える部分に合わせ目が出るため、ここも接着しました。

乾燥のため数日放置します。

f:id:bohr_monopole:20171005124654j:image

 

胸部分。

表に出るパーツの表面処理をし、接着。

緑部分には合わせ目が出るため、これも接着して数日放置します。

f:id:bohr_monopole:20171005124648j:image

 

胸部分の両脇に来る、肩の基部(?)。

目立った合わせ目はありませんでしたが、少し表に出る部分のヒケが気になりましたので、処理しました。

f:id:bohr_monopole:20171005124700j:image

 

今回の作業はここまで。

なかなか先が長そうですが、頑張って行きます。

 

では。

 

ガンプラ製作

めちゃくちゃお久しぶりです。ぼーあです。

日記みたいにやれればいいな、という感じで始めた当ブログですが、いや、全くもって更新してなかった。僕自身ですら忘れてたのは内緒です。


昔からですが、変に意気込むモノほどダメですね。「やるからにはちゃんとしたモノにしよう!」とか思ってるとやるのが億劫になって結局出来なくなっちゃう。テキトーに肩の力を抜いていきます。

 

さて本題。

僕の趣味の一つに去年あたりから始めた「ガンプラ」というのがあるんですが…

出来たものを写真撮ったりして載せたいなぁ、なんて思いつつ、カメラも全然勿体無いので億劫になってました。

 

が。「とりあえずやらない事には仕方ないよね」ということで、拙い画像や技術ながら、作業工程をチマチマと、完成まで載せていこうかなと思います。更新頻度も上がるしね…

 

と、いう事で。そんな感じでゆるゆるとガンプラ製作の事も書いていきます。お付き合い頂ければ幸いです。

 

ではでは。

 

最近のことや告知など

思った以上に時間が空きました。お久しぶりです。ぼーあです。

ブログは更新頻度がなんとやらなので、ちょくちょく更新はしていきたいものですね。

近頃は新しい年度も始まったという事でそれなりにわたわたしております。勉強もせねば。

 

そういえば、ブログタイトルを「塵も積もれば大和成る」にしました。アイデアは友人からもらったものですが、語感がよくて気に入ったので使わせてもらっております。

あと今これ書いてて気づいたんですが「恋愛サーキュレーション」の歌詞にメチャクチャ似てますね

 

春休みは本を読んだりガンプラ作ったりしておりました。またそのことは次の記事で描きたいと思います。

 

そしてご報告なのですが、

2017年6月11日(日)仙台市情報産業プラザ(AER:アエル)、五階多目的ホールで開催される杜の奇跡26」にサークル「ものぽーる本舗」で参加することになりました!

艦隊これくしょん」のキャラクターである、敷波の本を出す予定です。詳細はまた追ってお伝えしますが、そういうわけでどうぞよろしくお願いいたします。

http://mori-kiseki.com/list26-1.html

f:id:bohr_monopole:20170424002650p:plain

 

以下は最近投稿した絵などです。

【艦これ】「艦これワンドロまとめ vol.5」イラスト/ぼーあ(モノポール) [pixiv]

【艦これ】「ジャスティスな綾波」イラスト/ぼーあ(モノポール) [pixiv]

【艦これ】「フリーダムな敷波」イラスト/ぼーあ(モノポール) [pixiv]

 

それではまた。

湯船につかった話

 どうも。記念すべき二回目です。ぼーあです。最近花粉症がだんだん辛くなってまいりました。

 

 今更な話ではあるのですが、初回のブログを自分で直後に読み返したところ、「あ、文体を敬体にするか常体にするか決めてなかったわ」ということに気が付きました。

 僕は基本的に文章を常体で書く方が好きなのですが、この場を基本的には創作物の宣伝にあてようと考えていたので、「自然と敬体が好ましくなるか」と結局のところ敬体、つまりこの喋り方で続けてみようという結論に至りました。

 

 

…前置きが長くなってしまったので本題に入りましょう。

 今日、久々に湯船につかって来ました。本当に唐突に「週末お風呂に入りに行くか」と思ったのが事のきっかけです。

 というのも、僕は今現在一人暮らしでして、その上家の風呂はユニットバス。自然、普段湯船にゆったりつかる…ということをしないワケです。最近ちゃんとしたお風呂には入ってませんでしたし、ちょうどいい機会という事で即実行。

 

 向かったところは家から割と離れたスーパー銭湯です(天然温泉なので銭湯という表現には怪しいものを覚えますが)。割と家族連れや日帰り客が多いような。こういうの何て言うんですかね、健康増進施設でしょうか。まぁそんなところです。

 来るのは3回目で気楽な感じもありましたし、道中かなりウキウキ気分でした。

 

 肝心の湯船自体はどうだったかといいますと、これは既知のものだったのでそんなに新しい発見はありませんでしたね。ただ、やっぱりデカい風呂に熱いお湯があってそこに入る、そんな簡単なことでこんなに気持ちいいんだなぁとひとしきり感動しっぱなしでした。それはもう初めて人間社会に出てきた異世界の住人のごとく。

 唯一誤算があったのが、露天風呂でした。僕は割とのぼせやすく、かといってぬるま湯につかっていると何故か腹をこわすというどうにも面倒臭い体質なのですが、露天風呂は下半身を温めつつ上半身(特に頭)が常に冷えているため、お風呂の中でも特に大好きなわけです。

 ですが気分の良かった僕はすっかり忘れていました。

 

花 粉 の 存 在 を 。

 

 マスクをしているわけもなく、無防備にガンガン花粉を取り込んで、気付くころには鼻水ずるずるの涙目という状態になっておりました。

 あえなく屋内に退避。露天風呂はもう少し入ってたかったですね。

 

さて、お風呂でさっぱりして、風呂上りと言えばこれ。

冷えてるか~?

 やっぱり瓶の牛乳飲むのが一大イベントみたいなところはありますね。

 それと、今回風呂上りにマッサージ機のお世話になるっていうのも初めてやってみました。初めてだからか変な緊張はありましたが楽しかったです。やたらツボは外されまくってた気もしますが。

 

 帰りはそのまま来た道を逆に帰って帰宅。今日は花粉の影響も割と弱めで、結構楽でした。

次回もまたどこかで、こういうちょっとしたご褒美を自分に与えていきたいものですね。

 ではまた。